ニューロテック(ブレインテック)とは(1):
ニューロテック(ブレインテック)を支える基礎技術と課題

図1:ニューロテックまとめ

ニューロテック(ブレインテック)とは

ニューロテック (Neurotech)は、ブレインテックとも呼ばれ、脳の活動をモニタリングする技術や、脳を刺激し治療や能力向上をうながす技術、またこれらを支援する技術など、”ニューロサイエンス(神経科学)を応用した技術”の総称です。

脳活動を計測する技術、脳をコントロールする刺激技術、マシン(機械)を脳波等によって操作するブレイン・マシーン・インターフェース(BMI)などの応用技術があります。もともとは、腫瘍の発見など脳の異常の検知、薬や電気刺激などによる神経疾患の治療といったヘルスケア/医療領域への応用を目的とした技術が中心でした。

しかし、以下のような進歩を理由として臨床利用だけでなく生活習慣や教育といった非医療領域での活用も期待され、プロダクト制作が世界各国の企業で進められています。

  1. 解析技術の進歩: データサイエンスの発展によって脳活動から抽出できる情報が増加
  2. 計測技術の進歩: 計測デバイス技術の向上によって簡単に脳活動の抽出が可能に
  3. 刺激技術の進歩: ニューロフィードバックなど薬や電気以外の脳刺激の方法の確立


現在、事業向けでは自動車や建築などの関連領域での開発が始まっています。一方でカスタマー向けでは、睡眠改善や集中力向上などのライフスタイルの領域で注目が集まっています。

図1:ニューロテックまとめ
図1:ニューロテックまとめ

アラヤでも、2013年の創業以来ニューロテックの研究開発を進め、fMRIなどの脳データ解析サービスや脳状態のセンシングソリューションなど、様々な事業を展開してきております。

この記事では、ニューロテックを支える技術を簡単にまとめながら、現在の導入領域、代表的な企業や国別のプロジェクトなどを俯瞰し、最後に弊社の取り組みをご紹介したいと思います。

1. ニューロテック(ブレインテック)を支える基礎技術と課題

ニューロテックを支える代表的な技術として、脳活動から情報を検出する「計測」技術と脳活動に情報を書き込む「刺激」技術があります (図2)。これらの技術は計測装置、刺激装置によってそれぞれメリットとデメリットがあり、目的に応じて適切に使い分けることが求められます(図3)。

"計測"技術と"刺激"技術を理解する際に重要な三つの要素があります。時間分解能、空間分解能、侵襲度です。これらの三つを 押さえておくと、ニューロテックの基礎技術を理解しやすくなります。

時間分解能: どれだけ時間的に精緻に脳情報を検知したり刺激できたりするか
空間分解能: どれだけ空間的に精緻に脳情報を検知したり刺激できたりするか
侵襲度: デバイスを使用するために脳に物理的なダメージがあるか

図2. 基礎技術と応用技術のまとめ
図2. 基礎技術と応用技術のまとめ
図3: 各基礎技術のメリット&デメリット
図3: 各基礎技術のメリット&デメリット

(計測技術について、特にECoGとfMRIの空間解像度について[Ordikhani-Seyedlar et al. 2016; Thukral et al. 2018]などを参考にしました。刺激技術については『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』(著 紺野 大地, 池谷 裕二)に基づいています。また光遺伝学の空間解像度については、細胞の種類に応じて刺激できるが局所的に脳を刺激する技術が確立されていないことから脳深部刺激療法と同等と評価しています。)

ニューロテックを支える各技術のメリット&デメリット

「計測技術」「刺激技術」ともに、「侵襲型」「非侵襲型」に分けられます。侵襲型デバイスは、脳に電極を埋め込むなど何らかの外傷を伴うデバイスを指し、こうした侵襲に伴う受容性の低さがデメリットです。一方で、より脳からの信号を直接的に取得できることで、時間・空間分解能の高い情報を取得できるメリットがあります。逆に、非侵襲型デバイスは、侵襲性が低いメリットがある一方で、時間・空間分解能も低くなるデメリットがあります。また各技術によって持ち運びができるかどうかの違いもあり、用途に応じて利用する必要があります。

1.1 脳活動を計測する技術

"脳の活動を計測"することで、人間が何を感じているのか、もしくは感じていないけれども脳が無意識下で検出している心身の異常などを検知することができます。電気的な脳の活動のモニタリングをするためには、そのためのデバイスが必要になります。

さらに、このデバイスは、
脳に直接電極を埋め込む侵襲型と、
電極を埋め込まずに脳活動を計測する非侵襲型に大別されます。

侵襲型計測技術: 頭部や脳に埋め込むタイプ

侵襲タイプは、ノイズが少なく、精度良く時間解像度の高い脳活動を計測することができます。頭の中に電極を埋め込む必要があり、手術が必要で、多くの脳領域から脳活動をモニタリングできないという大きな欠点もあります。

代表的な方法として、

  • 電極を脳に埋め込む多点電極計測
  • 頭蓋の中にフィルム状のシートを埋め込む皮質脳波 (ECoG、 electrocorticogram)計測

があります。

最近では、血管内に電極付きのステント(血管や気管など管状の内臓器官を広げるのに使う医療機器)を埋め込むステントロード(Stentrode)も開発されています

非侵襲型計測技術: ヘッドギアやスキャナーに入るタイプ

非侵襲タイプは、侵襲タイプと異なり手術の必要がなく、ヘッドギアを被ったり、スキャナーの中に入ったりすることで、脳活動を計測することができます。そのため、侵襲型と比べて簡単に計測が可能である利点があります。一方で、計測のたびに計測器を取り付ける必要と、信号の精度があまり良くないなどのデメリットもあります。

代表的な方法として、

  • 頭部の電気的な信号を検知する脳波(EEG)計測
  • 脳の酸素代謝に関わる信号を検知する機能的磁気共鳴画像法(fMRI)近赤外線分光法(NIRS)

などがあります。

1.2 脳をコントロールする刺激技術

脳を刺激する技術で代表的なものは、薬、磁気や電気刺激などによって脳を刺激する 脳深部刺激療法(DBS)、経頭蓋磁気刺激法(TMS)、 経頭蓋電気刺激(tES)などです。また、磁気や電気刺激に頼らない超音波刺激法、光遺伝学、ニューロフィードバックという方法もあります。ここでは薬やニューロフィードバック以外の方法について説明します。

計測技術同様に、脳を刺激する際にも、侵襲・非侵襲型という違いがあります。

侵襲型刺激技術: 頭部や脳を直接的に刺激するタイプ

脳の情報を検知する埋め込み型の電極とセットで刺激用の電極をつけることがあります。これを利用した、視床など脳の深い領域を刺激する脳深部刺激療法 (DBS)はすでに医療領域で用いられ、パーキンソン病、てんかん、うつ病などといった疾患の治療に用いられています。

他にも、光に感受性がある特殊なタンパク質を使って神経細胞の活動を操作する光遺伝学という方法もあります。しかし、特殊なタンパク質を導入するためには遺伝子を改変した神経細胞を導入しなければならず、侵襲度は非常に高いです。

近年では、計測技術を組み込んだ刺入型電極を用いて、計測しつつ刺激する技術にも応用されています。

非侵襲型刺激技術: 頭部や脳を間接的に刺激するタイプ

磁気を利用する経頭蓋磁気刺激法(TMS)や電流を利用する経頭蓋電気刺激(tES)が代表的に使われています。超音波によって脳の特定の領域を振動させて刺激する超音波刺激法なども現在基礎研究が進んでいて、今後の応用が期待されています。

1.3 応用技術

また、複数の技術を組み合わせることで体の制御のサポートやリハビリテーションなどへの活用を目指したBMIやニューロフィードバックという応用技術も開発されています。

図3: 各基礎技術のメリット&デメリット
図4: ブレイン・マシーン・インターフェース(BMI)とニューロフィードバックの違い

どちらも1. 脳活動をモニタリングデバイスで抽出し、2. リアルタイムの特定の情報を抽出する。BMIは、3.A ロボットアームや画面のカーソルやアバターなどを操作する。ニューロフィードバックでは、3.B 視覚等のフィードバックを用いてヒトの脳活動を制御する。

ブレイン・マシン・インターフェース (BMI)

BMIとは、脳情報を利用することで、脳(ブレイン)と機械(マシン)を直接つなぐインターフェースを実現する技術です。脳波(EEG)などの脳活動の計測技術と人工知能などによる解析技術によりヒトの意図を抽出することで実現されます。脳と繋ぐ出力がコンピュータの場合は、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)とも呼ばれます。

ニューロフィードバック

ニューロフィードバックとは、脳活動のシグナルをヒトに視覚や聴覚などによってリアルタイムにフィードバックする技術です。例えば、望ましい脳波が現れた際に、音や映像でフィードバックを受けることで脳の自律的な学習を促進するなど、脳活動を目的の活動に方向づけることを目的として行います。(図4: ニューロフィードバック)。

非侵襲で脳の活動制御ができるため、異常な脳活動を制御する精神疾患等の治療や、適切な身体制御を促すリハビリテーションといった医療方面で開発が進みました。

現在では、注意力や運動能力といった特定の能力を向上させる技術としてスポーツや日常生活での活用も注目されています。

2. ニューロテックの活用領域

従来よりヘルスケア領域において、精神疾患や発達障害の簡易的な検知装置や治療法・予防法に関する臨床的な研究開発が進んでいます。また、治療法やリハビリテーション法としてBMIを利用する開発も行われています。

一方で、ヘルスケア領域に限らず、自動車・建設など他の領域でもニューロテックの活用や導入に向けた検討が進んでおります。(図5: ニューロテックの活用領域の拡大)。

図5: ニューロテックの活用領域の拡大
図5: ニューロテックの活用領域の拡大

自動車業界において、運転者にヘッドギア型の脳波計測器を被せ事故防止のための眠気の予兆検知や注意が散漫になっていないか安全性のチェックなど開発が始まっています(※1)。
(※1)オペレーターの脳波を分析、鉱山運行管理を高度化へ 日立建機が豪社を買収イヤホン型デバイスで脳波を解析し、居眠り運転などを警告するADAS--Hyundai Mobis

建設領域においても、危険作業の安全管理は重要な課題であり、ニューロテックを活用した注意欠如の検知などへの活用に注目が集まっています。また、BIM(Building Information Model)と呼ばれる壁/柱などの建築要素の3次元モデルを管理する仕組みとVRを連携して生産性の改善を目指す取り組みが行われています(※2)が、BMIを活用してさらに生産性を向上させることへの関心も高まっております。
(※2)VRの導入で建築の意思決定がスピーディーに! デザイン性の高い施設の建築にHPMobileWorkstationが貢献

マーケティング領域で、ニューロテックの活用は、ニューロマーケティングとも呼ばれます。消費者が購買する際のプロセスの脳活動を理解することで、マーケティングの効率化を促すことに繋がります。また、広告やプロダクトを消費者に見せたときの脳の反応を元に、広告の効果やプロダクトへの反応を収集することに活用されています。

教育や生活習慣領域では、脳活動をモニタリングし眠気、疲れ、ストレスを検知することで理解度のチェックや、睡眠の改善、集中力の向上といったことに役立てることができるかもしれません。

子供の記憶力や集中力の向上だけでなく、加齢によって低下した能力を補助することも期待されます。また、デスクワークにおける創造力向上への活用の可能性も注目されています。関連して、スポーツにおいても同様の能力向上は重要なトピックとなっています。

今後、健康的なまちづくりのためにBMIを活用したスマートシティなども出現するかもしれません。

(執筆者 :濱田 太陽、出本 哲、笹井 俊太朗、草野 亜弓)

目次

1. ニューロテックを支える基礎技術と課題
2. ニューロテックの活用領域
3. 企業や各国のニューロテックの状況
4. アラヤの取り組み
5. まとめ