「意識」の機能を持った汎用AIの実現(1):概要と3つの仮説

人間が持つ「意識」とはどういうものか――アラヤでは、この問いに答えようと研究を続けています。私達は、意識に相当する人工物(AI)を作ることで、その実体に迫り、「汎用AI」の実現をしようとしています。

具体的にどのようなアプローチ方法を考えているかについて、代表取締役の金井良太が、4部構成で解説します。
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(1):概要と3つの仮説(本記事)
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(2):情報生成理論~架空の状況を「想像」する
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(3):グローバル・ワークスペース理論~脳のモジュール間の情報を橋渡しする
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(4):クオリアのメタ表現理論~新しいタスクに対処できるようになる

人間の「意識」を持つことで「汎用AI」が実現でき、社会は大きく発展する

AIに「意識」の機能が盛り込まれると、その能力は質的な変化を遂げると私達は考えています。

現状のAIにはできることに限りがあります。例えば、学習した知識の範囲を一歩外れると使いものになりません。仮に日本の道路だけで学習させた自動運転車をいきなりアメリカに持ち込んでも、恐らくうまく走れないでしょう。それは交通ルールが大きく違うからです。現在の技術では、日本の自動運転AIがアメリカで走れるようになるには、アメリカの環境に合わせた多くのデータで再学習させる必要があります。

これに対して人間であれば、日本での運転に慣れた人がアメリカで運転しようとした時、車の操作方法は基本的には変わらないので、「右車線を走る」ということにさえ気をつければ、すぐに運転することが可能です。

実はここに意識の役割が少し顔を覗かせています。人は行動の多くを無意識のうちに実行しています。しかしそれは、周りの環境が普段と同じであるからです。環境が変わった途端に、人は気づいて意識的に行動するようになります。つまり、目新しい状況の中で上手に立ち回ろうとするとき、人は意識を呼び覚ましているのです。

このような意識の働きを突き詰めて検討した結果、私達は、いわゆる汎用AI(汎用人工知能)を実現する鍵は、意識の機能にあるとの結論に至りました。

意識の機能をAIに組み込むことができれば、日本で運転方法を覚えた自動運転AIがアメリカの交通ルールにすぐに順応できるのに加えて、よく気の利く家事ロボットや、経営相談に乗ってくれるAIといったさまざまな用途に使えるAIが期待できそうです。もし汎用AIが実現できれば、社会にもたらす恩恵は現在のAIの比ではないでしょう。AIが利用できる業務の範囲は大きく広がり、農林水産業から製造業、流通や情報通信、金融や医療や教育など、あらゆる産業の発展・革新につながる可能性があります。

意識をAIに組み込むことで「じっくり論理的に考える」ことができ、進化する

意識の機能に注目するのは、私達だけではありません。ディープラーニング(深層学習)の世界的権威であるカナダ・モントリオール大学のヨシュア・ベンジオ教授は「事前状態としての意識(Consciousness Prior)」という概念を提唱しています(※1)。意識に相当する機構を組み込むことで、AIの能力を格段に引き上げる発想といえます。
※1:Y. Bengio, “The Consciousness Prior,” https://arxiv.org/abs/1709.08568

ベンジオ教授は現在のAIを「システム1」(※2)になぞらえました。システム1とは、無意識のうちに人の頭に浮かぶ、反射的な思考のことです。例えば電話で声を聞いただけで、相手が怒っているのがわかるといった類です。画像認識や音声認識を得意とする現在のAIは、このレベルにとどまるに過ぎないとベンジオ教授は主張します。
※2:ダニエル・カーネマン, 村井章子訳, 『ファスト&スロー』, 早川書房, 2012年.

これに対して、じっくり論理的に考える思考モードは「システム2」と呼ばれます。複雑な作業の計画を立てるといった場合に働きます。こうした際に、人が思考の内容を意識しているのは間違いありません。AIをシステム2に進化させるためには、意識の機能を加えるべきではないかというわけです。

AIに意識を持たせるために基盤となる3つの仮説

AIに意識の機能を持たせるには、具体的にはどうすればいいのでしょうか。私達は、意識を生み出す機構に関する認知神経科学の理論を参考にすべきだと考えています。実は、人の意識がどのように生じているのかを説明する定番の理論はまだありません。

私達は、次の3つの仮説をAIに応用しようとしています。それは、情報生成理論グローバル・ワークスペース理論クオリアのメタ表現理論です。いずれの理論も意識の機能を説明に加えて、汎用AIを実現する手段の基盤になりうる仮説です。それぞれについては、次の記事以降で解説していきます。

意識の仮説 意識の機能 汎用AIの実現方法
情報生成理論 反実仮想的シミュレーション シミュレーションを利用した臨機応変な学習(Solution by Simulation)
グローバル・ワークスペース理論 共通の潜在空間を介した複数の機能の接続 特定のタスクに特化したAIの臨機応変な組み合わせ(Solution by Combination)
クオリアのメタ表現理論 メタ表現の空間を用いた機能の対象化 複数のニューラルネットの関係性を表現した潜在空間の作成(Solution by Generation)